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梅園幼稚園今昔物語

NPO法人幸区盛り上げ隊による、梅園幼稚園今昔物語のイメージ画像です。

女性と子どもの教育で黄綬褒章を受けた初代園長、時代に沿ながらも、変わらない人間力教育は今も梅園幼稚園の代名詞!

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本日お話を伺った現園長の薄井珠頭先生。この日、七夕の準備中で竹が運び込まれていました。卒園生のみなさんにメッセージを一言!「親を大切にね!社会に出て活躍するのを影ながら応援しているからね!」

梅園幼稚園は川崎駅ラゾーナが近い西口エリアに位置しています。

「この立地がね、バスを使わずに遠足に出掛けるのに便利なのよ」と薄井園長。

そう、梅園幼稚園といえば『よく歩く』が評判ですが、これは信念ですか?と伺うと、やはり梅園幼稚園では歩くことをとても大切にしているのだそうです。

まずは先生たちによる毎日の送迎。基本的なことですが体力をつけるためでもあるし、交通ルールやマナーも身につきます。

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中央が初代園長の薄井こと先生。昭和25年に幼稚園の前身となる保育園を設立します。終戦からわずか5年後に、焦土となった川崎で幼児教育が始まっていたのです!その功績で国から黄綬褒章が授与されました。

歩く時は、必ず年上が年下を内側にしてペアで歩くそうです。

日々の積み重ねがあるからこそ、百人超えの園児全員で電車移動も可能ですし、夢見ヶ崎動物公園
への徒歩遠足も、励まし合えるからこそ可能なのです。

「何より一番大切なのは年下の面倒を見ることにより、思いやりの気持ちが芽生えるということです。これは順繰りだからね。」

自分もしてもらったから遠足の昼食時には自分より先に年下に飲み物を飲ませたり敷物を敷いてあ
げたり、と世話をするようになります。

このような日々の実践を通して社会に繋がっていく力を育んでいくことを梅園幼稚園は大切にしています。

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川崎区にある一行寺。こと先生が眠るお墓には、梅園幼稚園の紋が刻まれています。園の名前 「梅園」は、故郷水戸への思いに由来します。

<取材日:2022年6月27日>

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